【実家に帰ると、今年も祖母の形見の紅白椿が咲いていた】
紅白椿(紅白絞りとも)。祖母の形見のお花です。
このお花、フシギなことに、祖母が亡くなった翌年から咲き始めたんです。
祖母が生きているうちは、ぜんぜん花が咲かなかったんですね。
祖母は懸命に、あの手この手で咲かせようと努力していた。
「育て方は間違ってないハズなのに、なぜ?」と誰もが首をひねっていたら、
祖母の突然の訃報。その年の春先に咲いたのが、この紅白椿です。
なんだか生まれ変わりのような気がしてなりません。
その名のとおり、紅白のお花もあれば、こういう薄い桃色のお花もアリ。
まるで着物の絞り染めのように、縞柄になっています。大輪で華やか。
祖母はものすごく質素な生活を送った人で、華やかな着物は一度も着ず、
いつも紺色か茶色系の簡易の着物を着てました。
こういう華やかな着物に袖を通したことはあったんだろうか?(婚礼衣装のほかに)
今ではいろいろ尋ねたいことがいっぱいあるんだけど、もう遅いんですよね。
【何か語りかけてくるかのよう・・・。鮮やかな紅白椿】
出典 https://ja.wikipedia.org/
咲いたものを摘んで花器に入れたら、その夜にはすでにしんなり。
つぼみのうちに摘んでおいて、花開くのを楽しむのがいいのかもしれない。
庭の一角には鈴なりにこの紅白椿が咲き誇っていて、すごく目を惹きます。
私、祖母の事は何も知らないんです。自分のことを一度も語ったことがない人でした。
私は幼少時を祖父母と一緒に暮らしたんですが、
祖母は黙々と常に立ち働いていたもので、会話らしい会話をした覚えがない。
なので、祖母がどんな人だったのか、親に聞くしか術はないんですね。
とにかくつつましく、ささやかに暮らしていたそうです。
戦争中の厳しい時代そのままに、という印象でした。
だから性質的に厳しいところがあり、幼い私はあまり近寄らなかったようです。
申し訳なかったなぁ・・・なんて、今さらどうしようもないけど思ってしまいます。
一緒に暮らしていた相手のことを何も知らないなんて、なんだかわびしいです。
形見である紅白椿の花も”語らず”です。でも何か訴えるものがあります。
祖母はどんな人だったんでしょうか。それを知ることは、この先絶対ないんです。
すべては生きているうちにこそ、ですね。
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